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深い安らぎと喜びで満ちています

R・S(57歳) ドイツ人心理療法士


When I came here at the beginning of this week, I had read almost all the literature about Naikan available in the German language.
And I had practiced various ways of meditation in the Christian tradition for some twenty years.
It was my wish to experience Naikan near its origin.

This week became one of the most profound and touching experiences I have ever made.
After years of psychotherapy during which I circumstantially analyzed my biography and my relationship to my parents, it was this week which finally gave me an all-embracing feeling of peace and aware of how my upbringing – as an unwanted child – accounted for mental distress and alcohol addiction disease and depression.

I overcame my health problems more than ten years ago.
Now, however, after one week of Naikan, I genuinely feel deep peace in my heart and the joy of reconciliation with everything that happened to me in the past.
And I am profoundly thankful for every single day I have lived so far, and for every minute that I will be able to share with those whom I love and who love me.

It was my mother who game this life to me and I will keep her remembrance with thankfulness and respect.

【日本語訳】
 ここへ来る前に、ドイツ語で内観関連の著書を出来るだけ読みました。
 私は過去二十年間にわたり、キリスト教系のさまざまな瞑想法を体験してきました。
 内観が生まれた土地で内観をすることは、私のかねてからの強い願いでした。

 この一週間は、非常に深く、かつて無いほどに感動的な体験となりました。
 以前に数年の間心理療法を受けたときに、自分の人生や両親との関係を分析しましたが、今回の体験を通じて、安らぎと感謝に抱かれるような心境に至ることが出来ました。
 「望まれぬ子」としての自分の生い立ちが、過去に患った心の病やアルコール依存症と関連していたことは、自分でも気が付いていました。

 アルコール依存症やその他の問題は、十年前に克服していましたが、今回集中内観をしてみて、心の底からの深い安らぎと喜びで満ちています。
 過去に私に起きたあらゆる出来事と和解することが出来き、非常に嬉しいです。
 今、これまで生きてきた一日一日に深く感謝し、そして、これからの人生を、私が愛する人たちや私を愛してくれている人たちと共に生きていけることを心よりありがたく感じています。

 この人生は母が与えてくれました。
 母への感謝と尊敬の念は生涯忘れることはないでしょう。
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うれしさの中で

T・K(61歳) 主婦


午後1:30頃主人に送っていただき、ここに降りたった時、天気よく、うわぁー嬉しいなーと思い、ホッとしました。
この空気、この空、心地よい風、木々のささやき、穏やかな日だまり、花がきれい、蕾がふくらんでもうすぐ春ヨと、うわぁーみんなが私を待っててくれたみたい、いい里だなーと連れてきてくれた主人に有難うと思いました。

来たいな―と思う中、少しの不安がありました。
私、どうなるのかしら…。

お香のいい香りにさそわれ香を追っていくような感じで、スーと導かれまして廊下から部屋に入って参りました。
とても気持ちよく、入れました。とてもいい香り。
私の中にスーと入ってしみこみはじめました。

いろいろたくさん湧いてきて、これもあれも話したい、書きたい、この想いも伝えたい、と次から次へ出てくる中、手の中に書いて残ったメモなど、家に帰ったらもう一度考えてきちんとまとめようと思っていました。
でも昨日あたりから、もういいかナー、もういいやー、せっかくこの時間を与えていただいたのだから、今ここに置いていこう、という気持ちが出てきました。

この自然の中、静寂な中、鳥の声、風の音、雨の音、また自然な家庭の音、子供の声、すべてがうれしい音でした。本当にうれしい中にいました。

ここに連れてきてくださった夫に感謝します。
ここの空気、すべてに有難たく思います。
美味しいご飯ありがとう、まったりとしたおフロのお湯ありがとう。
先生ありがとうございました。

わがままで傲慢な私ですのでまた行ったり来たりすると思いますが、ここの時間、内観を忘れずにまた生活にもどります。

帰りまして、また書きます。
ありがとうございました。

あと1つのピースを求めて

K・S(34歳) 自営業


何年もの間、自分に「何かが欠けている」と感じていました。

何のために生き、何のために働くのか、日々疑問を感じ、自問自答を続けていました。

志や使命、感謝といったものを一生懸命理解しようと学んできましたが、最後に欠けた「あと1つのピース」を見つけたいと思い、今回の集中内観に申し込みました。

2日目の夜から3日目にかけ、「自分が作ってきた虚像」に気づき、親をはじめとする周囲の方々の偉大な愛を感じ、自分の至らなさを痛感しました。

そして6日目に、「自分は愛の存在で、最初からすべて手に入れていた」という大きな気づきとともに、欲や損得勘定が幻となり、執着から解放されました。

宇宙は愛そのものなのだと感じました。

今回の内観を通して、自分の進むべき次の道がはっきりといたしました。
ありがとうございました。

お食事など、身の回りのお世話をしていただいた皆さまにも感謝申し上げます。

父への思い

S・S(27歳) 会社員


 今回の動機は、父に対するいらだちでした。

 昨年4月、父に怒り腹が立ち、怒りのメールをしました。
 その出来事がきっかけとなり、父へのいらだちが継続しました。

 離れて住んでおり、会うのは年に2,3回ですが、数ヶ月ぶりに会っても、怒りはつのるばかりで、まったく許せませんでした。
 その頃には4月の出来事のみで腹が立っているわけではないと理解していました。
 父の笑顔に腹が立ち、父の神経を逆なでするような返答ばかりし、家族にも心配かけました。
 
 27才にもなって、父をうらむ娘ではいたくない。
 父に感謝する自分でいたい、と思い、このGWを利用し、こちらにお伺いすることにしました。

 目的は、父へのいらだち・うらみを無くし感謝することです。


 1~3日目までは、淡々と母と父への内観が進み、可もなく不可もなく、時たま涙が出て、という感じでした。

 4日目、長兄への内観をしておりましても、まったく進みません。
 高校生の時に父に殴られ、怒鳴られたこと、そのときの映像が突然頭の中に流れてきて涙が止まらず、兄への内観はほとんど出来ませんでした。
 その日の夜も、思い出してはずっと泣いていました。

 これがいらだちの原因か、とわかったものの、まったく許すことが出来ず、うらみを感じるばかりで、「せっかく内観に来たのに、父をさらにうらむことになるなんて嫌だ」と思いながらも、涙が出るばかりでした。
 そのことをご相談させていただき、3回の面接をお休みさせていただいて、家族への思いを箇条書きにしました。

 その後、次兄をとばし、再度父への内観をはじめました。
 そうすると、明るく、いつも笑顔で、家族にお土産を買って帰ってきては、みんなで食べ、朝から晩まで、本当に週に一度も休まず働いていた父を思い出し、借金を抱え、親戚もまったくいない土地で、年の半分は雪におおわれて仕事が無く、収入が無いぶん、従業員とその家族まで抱えて辛かったであろう男の人の姿を思い出しました。

 自分の物もろくに買わず、子供に物を与えて下さいました。
 本当に本当に大きな愛で、一生懸命私を育てて下さったことに気づきました。
 殴られたことなど、そんなに大きな事ではなく、父の愛は本当に大きかったのだ、ということに気づきました。
 それなのに、大事なことに気づかず、父をうらんでいた私は、本当に本当に父に対して申し訳ないことをしていました。

 これからは、父の愛を忘れず、仲良く親孝行していきたいと思います。

 また、内観を知ったのも、家に本があり、ふと高校生の頃に読んだからでした。
 たぶん父の本です。
 内観との出会いも、父が作ってくれたものでした。

 内観の考えをもっと知りたいと思いました。
 今まで読んできた本や、学んできた考えとは、まったく異なっていると感じました。

 大変感動しています。
 とても日本的で、あらためて内観を生んだ日本という国はすばらしい国だなと感じました。
 本当に出会えてよかったと感謝しています。
 本当にありがとうございました。

すべて自分自身に起因している

S・M(46歳) 会社員


仕事の人間関係に行き詰まり、とくに肉親に対する悩みや切迫感は持っていない状態で、今回来ました。

集中内観は通算2回目です。

肉親・家族に対しての内観は不要と思っていましたが、いちばん最初に母親への内観をあらためておこなうことで、今まで気づかなかった自分自身の姿を知り、気づくことが出来ました。
その後、友人・同僚・上司・嘘と盗み・妻に対する内観とおこないました。

自分自身に欠けていること、今まで相手のせいにしていたことがすべて、自分自身の原点や原形に起因するというか、発祥していると気づきました。

母に生んでもらい、育てられたこと、それは私にとって最高に幸せな体験と記憶でした。
大切にしたい自分自身の存在証明です。
これほど愛され大切にされいたとは、改めて気づかされました。

同時に、そのような愛され方育てられ方をしていたことで、自分にとって欠けている部分があることも気づきました。

人の人生や性格が、たとえば□(正方形)であるなら、母・家族に愛され育てられてきた自分は凸という形でした。
凸の形がうまくいく時には、順風満帆に生きていますが、凹の形が人生には必要であることも確かです。
自分は、凹の部分(自分に欠けている、不足している部分)をあまりにも自覚せず、意識せず、そのままにして生きていたような気がします。
とはいえ、凹の欠落を決して母や家族の責任にするものではありません。
自分自身の人生の問題として向き合っていくだけです。

又、今回はじめておこなったテーマ「嘘と盗み」では、自分が過去25年間心のカサブタにしてきたことを剥がせました。
そして25年間の出来事を再定義出来るようになりました。

最後に、妻に対する内観で、妻への感謝の気持ちが深まりました。
辛いことが多くあった中で、耐えて辛抱していっしょに生活してくれたこと。
自分は、その辛さ苦しさをほとんど理解しないまま、自分のことしか考えずに生活・行動し、接してきました。
結婚してから「愛してる」とは言えませんでしたが、今は何のためらいもなく「愛してる」と言えると思います。

今、知って良かった

M・J(41歳) 会社員


アルコール依存症の父とともに過ごし、本人も、家族も、大変な思いをしてきた。
今は3回目の入院を終え、軌道に乗りかけたところ。

父は軌道に乗ったが、自分のために必要だと、とても強く感じたので参加しました。
いつも、足元がグラグラしているような、精神的な弱さがありました。

今、知って良かった、というのが感想です。

ずっと昔の記憶をさかのぼって、家族の風景を離れたところから見ていると、私の行動と私の思い、母の行動と母の思い、父の行動と父の思い、色々なものが見えてきました。

父も母も、私や私の兄弟たちに、大きな愛情を与えてくださっていました。
忙しい日々や、怒られる背景や、そういうものの向こう側に、家族のことを幸せにしようとする父と母の姿がありました。

父にも母にも苦悩があったんだと知りました。

自分一人で大人になってきたように錯覚してました。
ケンカばかりの家に嫌気がさして、家の外ばかりに全てを求めている自分の姿も見えてきました。

今は、父と母の愛情に、感謝の気持ちで一杯です。
本当にありがとうございました。

もう怖くありません

O・S(29歳) 会社員


躁鬱病になってから、心の中が寒々しく、自分の冷たさに凍えそうになっておりました。
他人との間に透明の壁があり、自分に自信がなくなり、自分の価値基準で判断もつかない状態でした。
そういう自分を変えたくて、以前知り合いに教えていただいた「内観」に伺いました。

内観すると「あ、そうか」の連続でした。

母を通して、何時も自分から何かを他人のためにしたことがないことに気づき、それが「愛」の欠如と知りました。
愛がないから寒かったのか!と納得しました。

父を通しては、大好きなのに側に居てくれない自由な父は自分とそっくりなことに気づきました。
私は自分は棚上げで、自分の理想を押しつけていたのです。
そして父を許すことが愛なのだと思いました。

愛を教えてくれた母、愛を自分に取り戻す機会をくれた父に感謝します。

そうしている内に、いつの間にか自分のためでなく、「バラバラになってしまった家族それぞれを幸せにしたい!力をください」という一心で内観しておりました。
一番驚いたのは、大好きで仲の良い兄に対して見下した気持ちがあったことでした。
申し訳なくて泣いていると、仏様がよしよしと頭をなでてくれているような気になりました。

意外だったのは、躁鬱病のきっかけになったSくんとの出来事が全て楽しい内観で終わり、一方結婚するかで悩んでいたAくんとの内観が怒りで満ちあふれていたことです。

自分の中にこんな恨みが埋まっていたのか!これが「怨念だ!」と思いました。
これが続くと、光源氏に出てくる六条御息所になると思いました。
怒っている人は、本当は傷つき、許したいのに自分ではどうしようもなく、許すきっかけを欲しがっているのですね。
人生一つ一つに無駄がなく、全て私に教えてくれていました。

嬉しかったのは、世界の愛の化身が母で、それは私そして次へと繋がっていくと感じたことです。
母が愛を持って子を叩くように、人生での困難は世界が愛を持って叩いてくれているのだと感じました。
愛は何時もそこにあって、忍耐強く報いを求めず、やはりそこにあり見守っている。

私には愛があるので、もう怖くありません。

本当に有難うございました。

プロフィール

瞑想の森内観研修所

Author:瞑想の森内観研修所

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